2006年7月1日。
EU市場に投入される電気・電子機器について、鉛、水銀、カドミウム、六価クロム、PBB、PBDEという6種類の有害物質の使用制限が本格的に始まりました。
RoHSです。
それから20年。
現在では制限物質は10種類となり、対象となる電気・電子機器も拡大しました。
さらに、EUだけでなく、中国、英国、韓国、インド、台湾など、多くの国・地域が電気・電子製品に含まれる有害物質を管理する制度を導入しています。
いまでは「RoHS対応」という言葉は、電子機器メーカーにとって珍しいものではありません。
しかし、ここで改めて考えてみたいことがあります。
なぜ、わずか数種類の化学物質を制限する制度が、世界中の製造業の材料、はんだ、部品調達、サプライヤー管理、分析試験、品質保証まで変えることになったのでしょうか。
RoHSの歴史をたどると、現在の製品コンプライアンスがどのように作られてきたのかが見えてきます。本稿では、RoHSが生まれた理由から、2006年当時と2026年現在の違い、10物質、均質材料、適用除外、IEC 62321、技術文書、CEマーキング、そして世界各国のRoHS型規制までを一つにつなげて整理します。
RoHS以前――電気製品の中には「普通に鉛が使われていた」
現在では「鉛フリーはんだ」は珍しい言葉ではありません。
しかし、2000年代初頭まで、電気・電子製品では鉛を含むはんだが広く使用されていました。
鉛だけではありません。
接点やランプなどには水銀、表面処理には六価クロム、樹脂部品には臭素系難燃剤など、現在RoHSで制限されている物質がさまざまな用途で使われていました。
なぜでしょうか。
単純です。
それぞれに優れた工業的な機能があったからです。
例えば鉛を含むはんだは、融点、濡れ性、加工性、信頼性などの面で長く電子機器産業を支えてきました。
六価クロムも、防錆や表面処理などで高い性能を持っています。
つまりRoHS以前の製造業にとって、これらの物質は「危険だから使っていた」のではありません。性能が良く、安定しており、安価で、長年の実績があったから使われていた。
RoHSが製造業に大きなインパクトを与えた理由はここにあります。単に法律の書類を変更するのではなく、長年使われてきた材料や工程そのものを見直さなければならなかったのです。
なぜEUはRoHSを作ったのか
初代RoHS指令であるDirective 2002/95/ECは、2003年1月27日に採択されました。
そして2006年7月1日から、対象となる新しい電気・電子機器について6物質の使用制限が適用されました。
RoHSが生まれた背景には、大きく二つの問題がありました。
1.増え続ける電気・電子機器廃棄物
パソコン、テレビ、家電、通信機器などが急速に普及し、製品の更新サイクルも短くなる中で、廃電気・電子機器、いわゆるWEEEの増加が問題になっていました。
これらの製品には金属、樹脂、ガラスなど多くの材料が含まれています。
その中に鉛、水銀、カドミウム、六価クロムなどが含まれていれば、廃棄・焼却・破砕・リサイクルの過程で人や環境に影響を与える可能性があります。
2.EU域内市場で共通ルールを作る
もう一つはEU域内市場の統一です。
当時、加盟国ごとに有害物質の使用制限が異なれば、メーカーは国ごとに異なる仕様の製品を用意しなければならなくなります。
初代RoHS指令の前文でも、加盟国間で異なる有害物質規制が存在すれば、貿易障壁や競争条件のゆがみにつながることが指摘されていました。
環境・健康保護
廃電気・電子機器の適正処理
EU域内市場の共通ルール
RoHSは単なる「化学物質規制」ではなく、製品政策と廃棄物政策、そしてEU単一市場政策が交わったところに生まれた制度なのです。
2006年――製造業を揺らした「鉛フリー」
RoHSの本格適用を象徴したのが、鉛フリー化です。
電子機器では、プリント基板上の部品を接合するためにはんだが使われます。
従来は錫と鉛を組み合わせたはんだが広く使用されていました。
ところがRoHSによって鉛の使用が原則0.1%以下に制限されたことで、多くのメーカーが鉛フリーはんだへの切り替えを迫られました。
これは材料を一つ置き換えれば済む問題ではありませんでした。
✓ はんだの融点が変わる
✓ リフロー工程の温度条件が変わる
✓ 基板や電子部品への熱影響が変わる
✓ 接合部の信頼性評価が必要になる
✓ 部品メーカーにも対応が求められる
さらにサプライチェーン全体で、「この部品に鉛は入っていないか」「どの材料を使っているか」という情報を集めなければなりません。
ここから、現在では当たり前になった、部品含有化学物質調査、材料宣言、RoHS証明、分析試験、サプライヤー管理といった実務が急速に広がっていきます。
RoHSは、製品の中に何が入っているのかをメーカー自身が把握する時代を作った規制の一つだったとも言えます。
2006年と2026年――RoHSはこれだけ変わった
RoHSの20年間を振り返ると、制度の性格がかなり変化していることが分かります。
| 項目 | 2006年ごろ | 2026年 |
|---|---|---|
| EUの制限物質 | 6物質 | 10物質 |
| 対象 | 主に特定カテゴリーのEEE | 原則として広いEEE |
| フタル酸エステル | 対象外 | DEHP、BBP、DBP、DIBPを追加 |
| 医療・計測機器 | 多くが対象外 | 段階的に対象化 |
| 製品適合 | 物質制限への対応が中心 | 技術文書、DoC、CEまで一体管理 |
| 分析 | 各社・各ラボの方法も多様 | IEC 62321シリーズが国際的基盤 |
| サプライヤー情報 | 発展途上 | 製品含有化学物質管理の重要要素 |
| 世界展開 | EU中心 | アジア・中東を含む多数の国・地域にRoHS型制度 |
| 管理の考え方 | 「入っていないか」 | 「適合をどう証明するか」 |
この変化を見ると、RoHSが単なる物質規制から、製品コンプライアンスの仕組みへと発展してきたことが分かります。
6物質から10物質へ
現在のEU RoHSでは、10種類の物質が制限されています。
鉛(Pb) 0.1%
水銀(Hg) 0.1%
カドミウム(Cd) 0.01%
六価クロム(Cr(VI)) 0.1%
PBB 0.1%
PBDE 0.1%
DEHP 0.1%
BBP 0.1%
DBP 0.1%
DIBP 0.1%
2015年の委任指令(EU)2015/863によって、DEHP、BBP、DBP、DIBPの4種類のフタル酸エステルが追加されました。
一般にこれを「RoHS 3」と呼ぶことがあります。
ただし、法的には新しい「RoHS 3指令」が存在するわけではありません。Directive 2011/65/EU、いわゆるRoHS 2の附属書IIを改正したものです。
20年前の6物質規制から現在の10物質規制へ。RoHSは対象物質を固定した制度ではなく、新たな科学的知見や代替可能性を考慮しながら更新される制度になっています。
最も重要なのは「均質材料」
RoHSを理解するうえで、今も昔も最重要と言える考え方がhomogeneous material、均質材料です。
RoHSの基準値は、原則として製品全体に対して判定するのではありません。
均質材料ごとに判定します。
例えば一台のパソコンには、基板、はんだ、コネクター、ケーブル、樹脂ケース、金属フレーム、ねじ、めっき、塗料など多数の材料があります。
完成品全体をまとめて測定し、鉛が0.1%以下だったとしても、それだけではRoHS適合を示せません。
ある一つの均質材料に高濃度の鉛が含まれている可能性があるからです。
RoHS分析では、「何を測るか」より先に、「何を一つの材料として測るか」を考える必要があります。
世界に広がった「RoHS」という考え方
RoHSの20年間で最も大きな変化の一つは、EUの制度が世界各国の電気・電子製品規制に影響を与えたことです。
ただし、ここで注意しなければならないことがあります。
一般に「中国RoHS」「韓国RoHS」「UAE RoHS」などと呼ばれていますが、それぞれEU RoHSと同じ法律ではありません。
制度の目的、対象製品、対象物質、表示、適合性評価、市場投入時の要求などは国・地域によって異なります。
世界の主なRoHS型規制比較
| 国・地域 | 主な制度 | 主な特徴 | EUとの違いを見るポイント |
|---|---|---|---|
| EU | Directive 2011/65/EU | 10物質、均質材料、CE、EU適合宣言 | 世界的な基準となった制度 |
| 英国GB | RoHS Regulations 2012 | 10物質。EU離脱後は独自制度として運用 | 適用除外や制度改正をEUと別に確認する必要がある |
| 中国 | 中国RoHS | 10物質化が進行。適合管理目録と合格評定制度を採用 | 表示・情報公開・対象製品管理に独自性がある |
| 韓国 | 電気・電子製品及び自動車の資源循環に関する法律 | 電子製品と自動車を資源循環の観点から管理 | RoHSだけでなくリサイクル政策との結びつきが強い |
| 日本 | J-Moss/資源有効利用促進法 | 特定7品目について含有情報表示を要求 | EU RoHSのような全面的な使用制限制度とは異なる |
| 台湾 | CNS 15663等 | 電気・電子製品で含有状況の表示を要求 | 商品検査制度との組み合わせが特徴 |
| インド | E-Waste (Management) Rules | e-waste政策の中で有害物質の使用を制限 | EPR・e-waste管理との結びつきが強い |
| UAE | Cabinet Resolution No. 10 of 2017/UAE RoHS | 電気・電子機器中の制限有害物質を管理 | UAE独自の適合性評価・市場投入要件を確認する必要がある |
この比較から分かるのは、RoHS型規制が単純にEU制度をそのままコピーして世界へ広がったわけではないということです。
日本では表示を中心とする制度、中国では適合管理目録や合格評定、インドではe-waste政策との連動、UAEでは独自の適合性評価制度との組み合わせなど、それぞれの市場に合わせた仕組みへ変化しています。
ここで特に注目したいのが中国です。
中国では長く6物質を中心とした管理が行われてきましたが、4種類のフタル酸エステルを追加して10物質へ移行しています。
さらに2025年にはGB 26572-2025「電器電子製品有害物質制限使用要求」が強制国家標準として公布されました。
2026年には適合管理目録も改定され、対象は33製品へ拡大されています。
20年前にEUが始めたRoHS型の製品含有化学物質管理が、2026年になっても中国やUAEを含む各市場で、それぞれ異なる制度として展開・更新されている。これはRoHSが「昔の環境規制」ではなく、世界の製品コンプライアンスに根付いた考え方になったことを象徴しています。
日本のJ-Mossは「日本版RoHS」なのか
日本の制度も整理しておきましょう。
2006年7月、日本では資源有効利用促進法に基づき、特定の家電・パソコン7品目について特定化学物質の含有情報を提供する制度が導入されました。
JIS C 0950、いわゆるJ-Mossです。
興味深いのは、こちらも2006年7月です。
EU RoHSの本格適用とほぼ同じ時期に、日本企業でも製品含有化学物質への対応が一気に現実の業務になりました。
ただしJ-MossはEU RoHSと同じ制度ではありません。
EU RoHSが一定濃度を超える制限物質の使用を原則禁止するのに対し、日本の制度は特定製品について含有情報の表示・提供を求める仕組みです。この違いは非常に重要です。「RoHS」という名前が似ているからといって、各国制度を同じものとして管理することはできません。
20年間で変わったのは「分析方法」だけではない
RoHS対応というと、分析技術の進歩に注目しがちです。
確かに現在では、IEC 62321シリーズによって、試料調製、XRFスクリーニング、各制限物質の測定などが体系化されています。
しかしRoHSの20年間でより大きく変わったのは、企業の管理方法かもしれません。
「この部品を測ってRoHS OKならよい」
「どの証拠で適合を継続的に説明するか」
現在では、サプライヤーから材料情報を取得する、リスクの高い材料を特定する、必要な箇所だけ分析する、材料変更を管理する、適用除外を確認する、証拠資料を維持する、最終的にEU適合宣言へつなげる、という一連の管理が求められます。
RoHS対応は、「試験管理」から「サプライチェーン全体のデータ管理」へ変化してきました。
なぜ「RoHSレポート1枚」では足りないのか
20年間たっても、企業実務でよく聞く言葉があります。
「RoHSレポートはあります。」
もちろん試験報告書は重要です。
しかし本当に見るべきなのは、その報告書の表紙ではありません。
✓ どの部品を測ったのか
✓ どの均質材料を測ったのか
✓ いつのロットなのか
✓ どの規格・方法を使用したのか
✓ スクリーニングなのか定量分析なのか
✓ 現在の製品と材料は同じなのか
✓ サプライヤー変更はないのか
✓ 適用除外の判断は必要ないのか
ここまでつながって初めて、その試験報告書が現在の製品適合性を説明する証拠になります。
「全部測る」から「必要なものを測る」へ
RoHSが始まった頃は、情報が不足していたこともあり、分析試験による確認が非常に重要でした。
現在ではサプライチェーン情報や材料宣言、過去の試験データ、サプライヤー評価など、利用できる情報が増えています。
そのため、RoHS管理の考え方も変わってきました。
リスクを評価する
↓
サプライヤー情報を確認する
↓
証拠が十分か判断する
↓
不足する部分だけ分析する
この考え方を体系化するうえで重要なのがEN IEC 63000です。
RoHS対応に必要な技術文書は、試験報告書だけではありません。
材料情報、サプライヤー宣言、仕様書、試験データなど複数の証拠を組み合わせて適合性を説明します。
RoHSはCEマーキングの一部になった
RoHS 2では、もう一つ大きな変化が起きました。
製造者には技術文書の作成、内部生産管理、EU適合宣言の作成、CEマーキングが求められます。
ここまで来ると、RoHSが単なる「化学物質の基準」ではないことが明確になります。
製品をEU市場へ投入する企業自身が、「この製品はRoHS要求に適合しています」と宣言する制度です。
試験機関が製品に対して「RoHS認証」を発行し、それだけで法的適合が完了する仕組みではありません。最終的な適合責任を持つのは経済事業者です。
そして2026年――RoHSは終わった規制なのか
RoHSの本格適用から20年。
すでに多くのメーカーでは、鉛フリーやRoHS対応は日常業務になっています。
そのため、「RoHSはもう成熟した規制ではないか」と感じる人もいるかもしれません。
確かに、制度そのものは成熟しています。
欧州委員会が2023年に公表した総合レビューでも、RoHS指令は全体として適切に機能していると評価されました。
同時に、適用除外の審査や、REACHなど他の化学物質規制との関係には改善余地があることも示されています。
そして世界を見ると、中国は2026年現在も制度を拡張しています。
RoHSは「20年前の規制」になったのではありません。20年間をかけて、EUの環境規制から、世界の電気・電子産業に共通する製品含有化学物質管理の考え方へ変わったと見る方が実態に近いでしょう。
RoHSが本当に変えたもの
RoHSが20年間で変えたものは、鉛入りはんだだけではありません。
もっと大きな変化があります。
製造業が「自社製品に何が入っているのか」を説明しなければならなくなったこと
一台の電子機器には、数百、数千の部品が使われる場合があります。
そのすべてを最終製品メーカー自身が製造しているわけではありません。
部品メーカー、材料メーカー、加工会社、商社、海外サプライヤー。
こうした長いサプライチェーンの中から情報を集めなければ、製品の化学物質適合性を説明できません。
RoHS対応で必要になったのは、単なる分析能力ではありませんでした。
✓ 材料を特定する力
✓ サプライヤーから情報を集める仕組み
✓ 情報の信頼性を評価する仕組み
✓ 不足する部分を試験で確認する仕組み
✓ 変更が起きたとき再評価する仕組み
✓ その証拠を製品適合へつなげる仕組み
20年前のRoHS対応では、「この製品に鉛が入っていないか」が大きな問いでした。
2026年のRoHS対応では、「この製品が適合していることを、どの証拠で継続的に説明できるか」へ問いが変わっています。
だからこそ、RoHSは今でも製品コンプライアンスを理解するための非常に良い教材です。
規制物質を測定するTesting。部材や製品状態を確認するInspection。サプライヤー情報。材料データ。技術文書。適合宣言。
これらがつながって初めて、製品適合性が成立します。
6物質から始まったRoHSは、20年をかけて「製品の中身を知り、それを証明する」という製造業の新しい常識を作った。これこそが、RoHSの20年間を振り返ったときに最も重要な変化ではないでしょうか。
本記事は、2026年9月4日時点で確認できるEU法令、欧州委員会、各国政府・公的機関、IEC等の公開資料をもとにTICnology Japanが整理・分析したものです。
各国・地域で一般に「RoHS」と呼ばれる制度は、EU RoHSと法的に同一ではありません。対象製品、対象物質、適用除外、表示、適合確認方法等が異なるため、個別製品については販売先の最新法令および公的情報を確認する必要があります。
本記事にはTICnology Japanによる分析・考察を含みます。特定の製品、企業、試験機関、サービスまたは適合方法を推奨するものではありません。
情報基準日:2026年9月4日
European Parliament and Council, Directive 2002/95/EC on the restriction of the use of certain hazardous substances in electrical and electronic equipment
European Parliament and Council, Directive 2011/65/EU on the restriction of the use of certain hazardous substances in electrical and electronic equipment
European Commission, Commission Delegated Directive (EU) 2015/863
European Commission, Review of Directive 2011/65/EU on the restriction of the use of certain hazardous substances in electrical and electronic equipment
International Electrotechnical Commission, IEC 62321 series
European Committee for Electrotechnical Standardization, EN IEC 63000:2018
Ministry of Industry and Information Technology of the People’s Republic of China, GB 26572-2025 電器電子製品有害物質制限使用要求
Japan Electronics and Information Technology Industries Association / JIS C 0950, J-Moss
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