1925年にドイツで車両の技術検査を目的として設立されたDEKRAは、2025年に創立100周年を迎えました。現在は車両検査に加え、産業検査、製品試験、認証、研修、サステナビリティ、サイバーセキュリティ、AI評価などへサービスを広げています。
その歩みから読み取れるのは、既存事業から離れて無関係な分野へ多角化した姿ではありません。社会や産業における「安全」の対象が、車両から設備、製品、ソフトウェア、データへ広がる過程に合わせて、試験・検査・認証能力を拡張してきた姿です。本記事では、DEKRAの公式資料をもとに、その100年をTIC企業の事業ポートフォリオ、設備、人材、M&A、デジタルトラストの観点から読み解きます。
ORIGIN
1.車両検査から始まったDEKRAの100年
DEKRAの前身であるDeutscher Kraftfahrzeug-Überwachungs-Vereinは、1925年6月30日にベルリンで設立されました。
設立当初の目的は、運送事業者などの会員に対し、自動車に関する技術検査と助言を提供することでした。車両が急速に普及する一方、整備不良による事故が増えていた時代に、車両の状態を第三者が確認する仕組みをつくることが出発点でした。
1951年にドイツで車両の定期検査が導入され、DEKRAは1953年に法令執行や公共サービスに関与する機関として認められました。1961年には監督機関として認められ、DEKRAの専門家による車両検査が広く利用できるようになりました。
現在も車両分野はDEKRAの主要事業です。2025年財務報告に関する公式情報では、同社は年間約3,400万件の車両検査を実施しており、Vehicles部門が引き続き最大の事業基盤であると説明しています。
ここで重要なのは、DEKRAが車両検査を過去の事業として手放したのではなく、現在も中核事業として維持している点です。
新しい成長領域へ進出する場合でも、既存の顧客基盤、検査拠点、技術者、規制対応力、ブランドを残しながら、新たな能力を積み上げています。
EXPANSION
2.「安全」の対象を広げることで事業を拡張
DEKRAの事業拡張は、時代ごとに安全評価の対象を広げてきた過程として整理できます。
1974年には職業訓練を行うDEKRA Akademieが設立され、1978年には交通事故を分析する事故研究部門が設けられました。1980年には機器安全の検査機関として認定され、車両以外の技術安全分野へ活動を拡大しています。
1990年には、DEKRA e.V.から事業運営を担うDEKRA AGへ商業活動が移されました。その後、品質マネジメント、技術安全、材料試験、建設、環境保護などへサービスが広がり、1996年からは製品および品質マネジメントシステムの認証も提供しています。DEKRA AGは2010年に欧州会社であるDEKRA SEへ移行しました。
この沿革から確認できるのは、車両検査から突然別の産業へ転換したのではなく、事故評価、技術安全、材料、環境、製品、マネジメントシステムへと、隣接領域を段階的に増やしてきたことです。
KEY ANALYSIS
TICnology Japanでは、こうした拡張を「安全という共通テーマの下で、評価対象を広げる事業ポートフォリオ形成」と捉えます。
単に試験項目を増やすのではなく、既存の専門性と顧客接点を使える隣接領域へ進むことは、TIC企業が多角化を検討する際の一つの考え方になります。
M&A AND CAPABILITIES
3.M&Aは地域と専門能力を補う手段
DEKRAの公式な沿革では、2000年代以降、複数の企業取得が確認できます。
2005年にはフランスのNORISKOを取得し、産業検査サービスを拡充しました。2009年にはオランダに本拠を置くKEMA Qualityを取得し、製品試験・認証分野を拡張しています。2013年にはニュージーランドのVehicle Testing New Zealandへの出資を通じて車両検査事業を広げ、2015年には台湾のQuieTek Corporationを取得しました。
DEKRAはQuieTekの取得について、無線通信および電磁両立性、いわゆるEMCに関する試験能力を強化し、Industry 4.0やAutomotive 4.0に関係する能力を補完したと説明しています。
これらの取引は、すべて同じ目的で行われたとは限りません。ただし、公開されている事業内容からは、主に次のような能力が追加されたことを確認できます。
✓ 産業設備の検査能力
✓ 製品試験・認証の国際的な基盤
✓ 車両検査を提供する地域ネットワーク
✓ 無線通信・EMCなど電子製品分野の専門技術
✓ 各地域の顧客、拠点、認定、専門人材
M&Aを売上規模だけで評価すると、取得企業の件数や取引金額が中心になります。
しかしTIC企業の場合、重要なのは、取得後にどの試験方法、認定範囲、設備、人材、顧客接点が追加されたかです。
DEKRAの沿革は、TIC企業のM&Aが「会社を買う行為」であると同時に、「能力地図を更新する行為」であることを示す事例といえます。
TIC業界全体のM&Aと専門能力獲得については、既存記事 「TIC業界は『再編の時代』へ|2025〜2026年のM&Aから読み解く世界市場の構造変化」 も参照してください。
TEST INFRASTRUCTURE
4.物理的な試験設備は将来市場への入口になる
DEKRAは2003年、ドイツ東部のラウジッツ地域にあるサーキットにTechnology Centerを開設しました。2017年にはLausitzringの取得契約を締結し、既存のTechnology Centerと組み合わせて将来モビリティの試験拠点を形成しています。
その後、同拠点には運転支援機能を評価するメーカー非依存型の大規模試験施設が整備されました。2024年にはバッテリー試験・認証ラボの建設が進められ、2025年にはBattery Test Centerと米国ミシガン州のAutomotive Test Centerが主要施設として位置付けられています。
自動車産業では、評価対象が機械部品だけでなく、電池、センサー、通信、ソフトウェア、運転支援、サイバーセキュリティへ広がっています。
この変化に対応するには、分析装置を個別に購入するだけでは十分ではありません。実環境に近い走行条件、複数技術を組み合わせた試験、異常時の安全性、通信環境などを評価できる総合的な試験基盤が必要になります。
公開資料からは、DEKRAがラウジッツの施設を、車両検査の延長線上にある将来モビリティ評価の拠点として発展させてきたことが確認できます。
INVESTMENT PERSPECTIVE
TIC企業にとって、設備投資は単なる処理能力の増加ではありません。
どの産業変化を想定し、どの顧客課題を評価する施設なのかが明確である場合、設備は新しい市場へ参入するための基盤になります。一方、需要や人材、認定、販売体制を伴わない設備投資は、固定費の増加にとどまる可能性があります。
DIGITAL TRUST
5.物理安全からデジタルトラストへ
DEKRAは、2022年に公表した組織変更の中で、Future Mobility、Cyber Security、Remote Services、AI & Advanced Analytics、Sustainabilityの5領域をCorporate Focus Areasとして示しました。
同社は、既存サービスの改善に加え、デジタルサービスの開発を進める方針を説明しています。
2023年にはAIを対象とする試験・認証サービスを開始し、AIShieldとの提携や、LatticeFlow AIとのAI評価が公式沿革に記載されています。また、ラウジッツでは運転支援機能を評価する試験設備の整備が進められました。
2025年には、機能安全、サイバーセキュリティ、AI評価を組み合わせるDigital Trust Servicesを展開しています。DEKRAはこのサービスについて、接続製品や自律システムなどを対象に、構想から市場投入まで安全性、セキュリティ、信頼性を評価する枠組みと説明しています。
これは、従来の物理的な安全評価が不要になることを意味しません。
自動車、産業機器、医療機器、スマート製品では、ハードウェアが正常に作動していても、ソフトウェア、通信、AI判断に問題があれば、製品全体の安全性を確保できません。
そのため、今後のTICには次の能力を一体的に扱うことが求められます。
✓ 物理的な製品安全
✓ 機能安全
✓ ソフトウェア評価
✓ サイバーセキュリティ
✓ AIシステムの信頼性
✓ 関連する法規制・規格への適合
DEKRAのDigital Trust Servicesは、これらの評価を別々の試験項目としてではなく、相互に関係する信頼性の課題として整理したサービスと見ることができます。
SUSTAINABILITY
6.サステナビリティは社内目標と顧客サービスの両面で展開
DEKRAはSustainability Strategy 2025において、Environment & Climate、Employees & Society、Supply & Value Chain、Management & Governanceの4分野を設定しました。
公式資料では、再生可能電力の利用、温室効果ガス排出量の削減、サプライヤー評価、従業員教育、多様性、労働安全などを目標として掲げています。また、顧客向けには、エネルギー転換、ESG、循環経済を中心にサステナビリティ関連サービスを拡張すると説明しています。
ここで区別すべきなのは、企業自身の環境・社会目標と、第三者機関として提供する検証・認証サービスです。
自社のサステナビリティ活動だけで、顧客向けサービスの技術的能力が自動的に証明されるわけではありません。反対に、顧客向けサービスを提供しているだけで、自社の環境負荷が小さいことを意味するわけでもありません。
ただし、TIC企業がサステナビリティを事業化する場合、内部管理と顧客向けサービスを分離しながら、同じガバナンスの中で扱う必要があります。
環境主張、炭素排出量、再生可能エネルギー、循環性などへの第三者評価需要が広がる中で、TIC企業には測定技術だけでなく、データ管理、独立性、検証方法、報告の透明性が求められます。
BUSINESS FOUNDATION
7.2025年も車両事業を基盤に成長
DEKRAの2025年売上高は44億4,170万ユーロとなり、2024年の42億9,380万ユーロから3.4%増加しました。調整後EBITは2億7,490万ユーロで、前年の2億6,600万ユーロを上回っています。2025年12月時点の従業員数は4万8,155人です。
| 項目 | 2024年 | 2025年 |
|---|---|---|
| 売上高 | 42億9,380万ユーロ | 44億4,170万ユーロ |
| 調整後EBIT | 2億6,600万ユーロ | 2億7,490万ユーロ |
| 従業員数 | ― | 4万8,155人 |
2025年の売上高を地域別に見ると、ドイツ、スイス、オーストリアからなるGSA地域が27億2,220万ユーロを占めました。車両のライフサイクルに関するサービスは、引き続きDEKRAの主要事業とされています。
この数字から、デジタルトラストやサステナビリティが直ちに車両事業へ取って代わったとはいえません。
むしろ現在のDEKRAは、既存の車両検査事業から得られる顧客基盤、専門人材、拠点、ブランドを維持しながら、新しい技術領域を育成している段階と見るのが適切です。
新規事業を評価するときには、新分野の成長率だけでなく、既存事業との間にどのような顧客・技術・設備の共有関係があるかを見る必要があります。
TICNOLOGY JAPAN VIEW
DEKRAの歩みが示すのは「中核事業を捨てない変革」
DEKRAの100年を、単純な多角化の成功物語として捉えるべきではありません。
公式な沿革から確認できるのは、車両検査を基盤に、事故評価、訓練、産業安全、材料試験、製品認証、無線・EMC、バッテリー、機能安全、サイバーセキュリティ、AIへと評価対象を広げてきたことです。
そこには、次のような連続性があります。
車両の安全
+
産業設備と製品の安全
+
接続された製品のセキュリティ
+
AIを含むデジタルシステムへの信頼
TIC企業が成長分野へ参入するとき、既存事業と無関係な市場を追うと、人材、設備、認定、顧客基盤を一から構築しなければなりません。
一方、現在保有する専門性を起点に評価対象を広げれば、既存の技術者、顧客、施設、品質管理を活用できる可能性があります。
DEKRAの事例から得られる示唆は、「何でも扱う総合化」ではありません。
自社の中核となる信頼領域を明確にし、技術や規制の変化によって新たに生じるリスクへ、試験・検査・認証能力を連続的に拡張することです。
また、その拡張を支えるのは、企業買収だけではありません。物理的な試験施設、認定、専門人材、データ基盤、国際拠点、品質管理を組み合わせて初めて、新しいTICサービスとして成立します。
CONCLUSION
まとめ
DEKRAは1925年、車両の技術検査を目的とする組織として設立されました。
その後、事故研究、職業訓練、産業検査、材料試験、製品認証、環境、無線・EMC、将来モビリティ、サイバーセキュリティ、AI評価へとサービスを広げています。
2025年には売上高44億4,170万ユーロ、従業員4万8,155人となりましたが、現在も車両関連サービスが主要な事業基盤です。
DEKRAの100年から読み取れるのは、中核事業から離れることによる成長ではありません。
中核となる専門性を維持しながら、安全と信頼の対象が変化するたびに、新たな技術、人材、設備、認定を追加してきた過程です。
TIC企業にとって、将来分野への進出とは、流行している市場へ試験項目を追加することではありません。
既存の能力と顧客基盤を起点に、次に評価すべきリスクを見極め、そのリスクに対応する技術と運営基盤を構築することが重要です。
ABOUT THIS ARTICLE
本記事は、2026年8月5日時点で確認できるDEKRAの公式沿革、2025年財務報告、100周年関連発表、戦略およびサステナビリティ関連資料をもとに、同社の事業展開をTICnology Japanが独自に整理・分析したものです。
企業の意図や各施策の成否について、公式資料で明示されていない事項は断定していません。M&A、事業ポートフォリオ、設備投資、デジタルトラストに関する一部の記述には、TICnology Japanの分析・考察が含まれます。
本記事は、特定企業、投資、取引、製品またはサービスを推奨するものではありません。
情報基準日:2026年8月5日
SOURCES
主な参考資料
- DEKRA:The History of DEKRA
- DEKRA:Financial Report 2025
- DEKRA:100 Years of DEKRA: Safety in a Changing World
- DEKRA:DEKRA Sets Direction for Future Growth
- DEKRA:Strategy & Targets
- DEKRA:Digital Trust Services
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