化管法とは何か――なぜ企業は化学物質の「行き先」を把握しなければならないのか【完全保存版】

化学物質を管理するためには、その物質が「危険かどうか」を知るだけでは十分ではありません。

どの企業が、どれだけ取り扱い、どれだけ大気や水域などへ排出し、どれだけ廃棄物などとして事業所の外へ移動したのか。そして、その化学物質を次に取り扱う企業へ、どのような情報を伝えるのか。

こうした化学物質の流れを社会の中で「見える化」するため、日本では1999年に化管法が制定されました。

正式名称は「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」。

その中心にあるのが、PRTR制度SDS制度です。

2026年現在、化管法の対象は第一種指定化学物質515物質、第二種指定化学物質134物質に及びます。では、化審法や労働安全衛生法が存在する中で、なぜ日本には化管法が必要なのでしょうか。

BASIC CONCEPT

1.化管法とは――「禁止する法律」ではない

化管法という名称から、特定の化学物質を禁止する法律だと思われることがあります。

しかし、化管法の基本的な考え方は少し異なります。

化管法は、有害性のある化学物質について、事業者による自主的な管理の改善を促進し、環境保全上の支障を未然に防止することを目的としています。

そのための大きな仕組みが二つあります。

PILLAR 01

PRTR

Pollutant Release and Transfer Register
化学物質排出移動量届出制度。対象化学物質について、環境への排出量や事業所外への移動量を把握し、一定の要件に該当する場合には国へ届け出ます。

PILLAR 02

SDS

Safety Data Sheet
安全データシート。対象となる化学物質や一定濃度以上含む製品を事業者間で譲渡・提供するとき、その性状や取扱いに関する情報を伝達します。

「どこへ行ったのか」を把握するPRTR
「何を渡したのか」を伝えるSDS

BACKGROUND

2.なぜPRTRという制度が必要になったのか

化学物質管理には、以前からさまざまな法律が存在していました。

工場からの排水、大気への排出、毒物・劇物、労働者の安全など、それぞれの問題に応じた規制です。

しかし、社会で使用されている多数の化学物質について、一つひとつ行政が排出基準を設定し、すべてを直接管理することには限界があります。

「まず、何がどこからどれだけ出ているのかを把握する」

そこで重要になったのが、この考え方です。

1992年の国連環境開発会議、いわゆる地球サミットで採択されたアジェンダ21などを背景に、化学物質の排出量を把握し、公表するPRTRの考え方が国際的に広がりました。

日本では1999年に化管法が公布され、企業自身が排出量・移動量を把握し、その情報を行政が集計・公表し、社会全体で化学物質管理を改善していく仕組みが作られました。

PRTR

3.PRTRとは――「排出量」と「移動量」を分けて考える

PRTRを理解するうえで重要なのが、排出量移動量の違いです。

排出量

事業所から環境へ直接出ていく量です。代表的には次のようなものがあります。

  • 大気への排出
  • 公共用水域への排出
  • 事業所内の土壌への排出
  • 事業所内での埋立処分

移動量

環境へ直接排出するのではなく、処理などのために事業所の外へ移動する量です。

  • 廃棄物として事業所外へ移動
  • 下水道への移動

例えば、対象化学物質を含む廃液を外部の廃棄物処理業者へ引き渡した場合、工場から河川へ直接流しているわけではありません。しかし、その化学物質が工場から消えたわけでもありません。

PRTRでは、環境へ出たのか、それとも別の場所へ移ったのかを区別して把握します。だからPRTRは「排出量届出制度」だけではなく、排出・移動量届出制度なのです。

SUBSTANCES

4.PRTRの対象になる化学物質

2026年現在、PRTR制度の中心となるのが第一種指定化学物質515物質です。

区分 物質数 主な制度
第一種指定化学物質 515物質 PRTR+SDS
特定第一種指定化学物質 23物質 PRTR+SDS(より厳しい基準)
第二種指定化学物質 134物質 SDS

第一種指定化学物質は、人や生態系への有害性があり、環境中に広く存在する、または将来的に広く存在する可能性などを踏まえて指定されています。

その中でも特定第一種指定化学物質は、発がん性、変異原性、生殖毒性などについて高い有害性が認められる物質などが含まれ、通常の第一種指定化学物質より厳しい届出基準が設定されています。

REPORTING

5.対象物質を扱えば、すべてPRTR届出が必要なのか

第一種指定化学物質を少しでも使用していれば、必ずPRTR届出が必要になるわけではありません。

主な確認項目

対象業種 / 事業者全体の常用雇用者数 / 事業所ごとの年間取扱量 / 施設要件

基本的には、対象業種を営み、事業者全体として常時使用する従業員が21人以上であり、事業所単位で第一種指定化学物質を年間1トン以上取り扱う場合などが対象となります。

特定第一種指定化学物質については、年間取扱量の基準が0.5トン以上です。また、一定の施設については取扱量によらない要件も存在します。

「PRTR物質を含んでいる=PRTR届出」ではありません。
物質 → 製品中濃度 → 業種 → 事業者規模 → 年間取扱量 → 施設要件、という順序で確認することが重要です。

MATERIAL BALANCE

6.「使用量」と「排出量」は同じではない

PRTRでもう一つ誤解しやすいのが、年間取扱量と排出量の関係です。

例えば、ある化学物質を年間10トン使用したとしても、10トンすべてが環境へ排出されるとは限りません。

どれだけ入ったのか

製品にどれだけ入ったのか

反応・処理でどれだけ変化したのか

大気・水域などへどれだけ排出したのか

廃棄物・下水としてどれだけ移動したのか

PRTRは単なる購入量の報告制度ではありません。化学物質のマテリアルバランスを考える制度でもあるのです。

TESTING & ANALYSIS

7.実測しなければPRTRは届出できないのか

PRTRというと、「排出量をすべて分析しなければならないのか」と思われるかもしれません。

必ずしもそうではありません。

排出量・移動量の算出には、物質収支、実測値、排出係数、物性値など、さまざまな方法が利用されます。

一方で、工程が複雑であったり、排水・排ガス・廃棄物中の濃度を把握する必要があったり、計算だけでは十分な精度が得られなかったりする場合には、分析が重要になります。

PRTRにおける分析は、「すべて測るためのもの」ではなく、「必要なところを確かめるためのもの」と考える方が実務に近いでしょう。

SDS

8.もう一つの柱――SDSとは何か

化管法のもう一つの柱がSDSです。

SDSはSafety Data Sheetの略で、日本語では安全データシートと呼ばれます。

化学品について、例えば次のような情報を体系的に伝える文書です。

  • 化学品・会社情報
  • 危険有害性
  • 組成・成分情報
  • 応急措置
  • 火災時・漏出時の措置
  • 取扱い・保管
  • ばく露防止・保護措置
  • 物理的・化学的性質
  • 安定性・反応性
  • 有害性・環境影響情報
  • 廃棄・輸送上の注意
  • 適用法令

SDS=化管法だけの制度ではありません。

SDS REGULATIONS

9.なぜSDSは「化管法」「安衛法」「毒劇法」に出てくるのか

日本の化学品実務では、化管法、労働安全衛生法、毒物及び劇物取締法がSDSに関係する代表的な法律で、しばしば「SDS三法」と呼ばれます。

法律 主な目的
化管法 環境への排出管理、自主的な化学物質管理の改善
労働安全衛生法 労働者の安全・健康の確保
毒劇法 毒物・劇物による保健衛生上の危害防止

実務では一つのSDSで複数法令への対応を行うことが一般的ですが、対象物質や義務の範囲が完全に一致しているわけではありません。

SDS SCOPE

10.化管法SDSは誰に必要なのか

PRTRとSDSでは対象事業者の考え方も違います。

化管法SDS制度では、第一種・第二種指定化学物質、またはそれらを一定割合以上含有する対象製品を他の事業者へ譲渡・提供する事業者が対象になります。

第一種・第二種

1質量%以上

特定第一種

0.1質量%以上

そしてPRTRとは異なり、SDS制度には対象業種による制限がありません。

「当社はPRTR届出対象事業者ではないから、化管法は関係ない」
とは限りません。

EXEMPTIONS

11.すべての製品にSDSが必要なのか

これも違います。化管法では一定の製品についてSDS制度の対象外となる場合があります。

  • 対象物質の含有率が基準未満のもの
  • 取扱いの過程で固体以外の状態にならず、粉状・粒状にもならない一定の固形物
  • 密封された状態で使用される製品
  • 一定の一般消費者用製品
  • 一定の再生資源

ただし「固形物だから対象外」と単純に判断することもできません。

切断、研磨、溶融などの加工によって粉じん等が発生する製品では、対象となる可能性があります。SDSの要否は、物質名だけではなく、濃度、製品形態、使用・加工方法、流通形態まで確認する必要があります。

GHS & SDS

12.GHSとSDSは同じものではない

GHSは、Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicalsの略です。

化学品の危険有害性を分類し、それをラベルやSDSなどによって伝えるための国際的な共通ルールです。

GHS=危険有害性情報を分類・伝達する国際的な枠組み

SDS=その情報伝達に使用される文書

化管法=一定の化学物質についてSDS提供などを求める日本の法制度

この三つを同じものとして理解すると、制度全体が分かりにくくなります。

CSCL VS PRTR LAW

13.化審法と化管法は何が違うのか

名称が似ているため、化審法と化管法は混同されやすい法律です。しかし役割はかなり異なります。

化審法 化管法
主な視点 化学物質そのものの審査・評価・規制 排出・移動・情報伝達
代表制度 新規化学物質審査、リスク評価など PRTR、SDS
簡単に言えば 日本でどう管理するか どこへ行き、何を伝えるか

両者は競合する制度ではありません。異なる角度から、日本の化学物質管理を支えています。

REGULATORY UPDATE

14.2023年、対象物質が大きく見直された

化管法の対象物質は固定されたものではありません。有害性に関する新たな知見や、環境中での検出状況、排出量、製造・輸入量などを踏まえて見直されます。

第一種指定化学物質

462 → 515物質

第二種指定化学物質

100 → 134物質

2021年の政令改正が2023年4月1日に施行され、PRTRについては2023年度把握分から新しい対象物質による届出が始まりました。

「以前確認したから大丈夫」ではなく、現在の対象物質リストで確認することが重要です。

LATEST DATA

15.2026年のPRTRデータから見えるもの

2026年2月、経済産業省と環境省は2024年度のPRTRデータを公表しました。

排出量

約13.7万トン

移動量

約27.1万トン

合計

約40.8万トン

注目すべきなのは、単に40万トンを超える数字の大きさではありません。

PRTR制度によって、どの物質が、どの地域で、どの業種から、どの程度排出・移動しているのかを社会が継続的に把握できることに意味があります。

MANAGEMENT

16.PRTRは「違反を探す制度」だけではない

PRTRという言葉から、「行政に排出量を報告する制度」という印象を持つかもしれません。しかし、それだけでは制度の本質を捉えきれません。

原材料としてどれだけ入ったのか

製品としてどれだけ出たのか

大気や水へどれだけ出たのか

廃棄物としてどれだけ外へ出たのか

例えば前年と比べて排出量が増えたのであれば、生産量、工程、回収率、原材料などに変化がなかったかを確認するきっかけになります。

PRTRは行政への届出であると同時に、企業自身が化学物質の流れを把握するための管理ツールでもあるのです。

SUPPLY CHAIN

17.サプライチェーンで考えるとPRTRとSDSはつながっている

PRTRとSDSは、一見すると別々の制度に見えます。しかし企業実務では密接につながっています。

SDSによる入口の情報

工程内での物質管理

PRTRによる出口の把握

原材料メーカーから届いたSDSを起点に、指定化学物質の種類と濃度を確認し、年間使用量、工程、製品、大気、排水、廃棄物、下水などへの流れを整理します。必要に応じて測定・分析を行い、排出量・移動量を算出します。

PRACTICAL CHECK

18.企業は何を確認すればよいのか

化管法対応を考える際、最初から「分析が必要か」を考える必要はありません。

① 自社で取り扱う化学品・原材料を把握する

② 最新のSDSを収集する

③ 第一種・特定第一種・第二種指定化学物質の含有を確認する

④ PRTRの対象事業者・対象事業所に該当するか確認する

⑤ 年間取扱量を把握する

⑥ 工程内の物質収支を整理する

⑦ 必要な部分について算出・測定・分析を行う

重要なのは、「対象物質があるから分析する」ではないということです。何を把握する必要があり、その情報が既存資料や計算で得られるのか、それとも測定しなければ分からないのかを判断する必要があります。

TICNOLOGY JAPAN VIEW

化管法が「見える化」したのは、排出量だけではない

化管法の特徴を一言で表すなら、「見える化」でしょう。

しかし、見えるようになったのは環境への排出量だけではありません。

企業がどの化学物質を使い、どのように管理し、どこへ移動させているのか。そして、サプライチェーンの次の企業へどの情報を渡しているのか。

化管法は、企業自身にその流れを把握することを求めました。

化審法が化学物質そのものの性状やリスクを評価し、日本での製造・輸入・使用を管理する仕組みだとすれば、化管法が見ているのは、その化学物質が実際の産業活動の中でどう動いているかです。

その意味で、PRTRの届出値は単なる行政報告の数字ではありません。

原材料、製造工程、製品、排ガス、排水、廃棄物、そして次の事業者までをつなぐ、化学物質の「足跡」と見ることができます。

SDSはその足跡を追うための重要な情報源であり、分析は情報が不足する部分を確認するための手段です。

そして2026年現在も、国は毎年PRTRデータを集計・公表し、化学物質の排出・移動状況を継続的に把握しています。

化学物質管理で重要なのは、「その物質を使っているか」だけではありません。
どこから来て、どこで使われ、最後にどこへ行ったのか。
化管法は、その問いを企業と社会に投げかけ続けている制度なのです。

本記事について

本記事は、化管法、PRTR制度、SDS制度について、2026年9月時点の公表情報をもとに一般的な制度概要と企業実務上の考え方を整理したものです。

参考資料

・経済産業省「化管法(PRTR制度・SDS制度)」

・経済産業省・環境省「PRTRデータの概要」

・環境省「PRTRインフォメーション広場」

・経済産業省「化管法SDS制度」関連資料

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別製品・事業所への法的判断を示すものではありません。実際の対応にあたっては、最新の法令、政省令、告示および所管官庁の公表情報をご確認ください。

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