GHSとは何か――世界の化学物質規制を読むための「共通言語」

化学品の容器に描かれた、赤いひし形の中の炎、どくろ、感嘆符。工場や研究所で化学物質を扱う人であれば、一度は目にしたことがあるでしょう。

これらはGHSと呼ばれる国際的な仕組みに基づく表示です。

しかし、GHSについて「世界共通の化学物質規制」と理解してしまうと、その後のREACH、EUのCLP規則、日本の労働安全衛生法、米国のHazard Communication Standard(HCS)などの関係が分かりにくくなります。

GHSそのものは、企業に直接義務を課す一つの世界法ではありません。では、何なのでしょうか。世界の化学物質規制を理解するためには、まずこの問いから始める必要があります。

FOUNDATION

GHSは「世界共通の法律」ではない

KEYWORD
GHS
Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals
化学品の分類および表示に関する世界調和システム

GHSは、Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicalsの略称で、日本語では一般に「化学品の分類および表示に関する世界調和システム」と呼ばれます。

国連のGHSは、化学品が持つ危険有害性をどのように分類し、それをラベルやSDS(Safety Data Sheet:安全データシート)によってどのように伝えるかについて、国際的に共通化された考え方を示しています。

ここで最も重要なのは、GHSそれ自体を各国の法律と同じものとして考えないことです。

国連がGHSという共通の枠組みを作り、各国・地域がそれを自国の法律や規則、規格などへ取り込んで運用します。

KEY POINT
国連GHS

各国・地域の法令・規格

企業による分類・ラベル・SDS作成

実際の化学品管理

EUであればCLP規則、日本であれば労働安全衛生法や化管法とJIS、米国であればOSHAのHazard Communication Standardなどが、GHSとの関係を持っています。

つまり、企業が実際に守るべきものは「GHSそのもの」だけではなく、GHSをどのように取り込んだ国・地域の制度なのかを確認する必要があります。

WHY IT EXISTS

なぜ世界に共通ルールが必要だったのか

そもそも、なぜGHSが必要になったのでしょうか。

化学物質そのものは、国境を越えて性質が変わるわけではありません。

日本で引火する物質は、米国へ輸出しても引火します。日本で強い急性毒性を持つ物質が、EUへ入った瞬間に無害になるわけでもありません。

ところが、かつては化学物質の危険有害性を分類し、それを利用者へ伝える制度が国や分野によって大きく異なっていました。

同じ化学物質について、ある国では危険物として表示され、別の国では異なる分類や表示が使われる。ラベルに使用するシンボルや警告文、SDSの形式も統一されていない。

化学品が世界規模で流通する一方、その危険有害性を伝える「言語」がばらばらだったわけです。

そこで国際的に共通の基盤として整備されたのがGHSです。

GHSの目的は、単にラベルの見た目を世界で揃えることではありません。化学物質の物理的危険性、人への健康有害性、環境有害性などについて共通の分類基準を設け、それをラベルやSDSを通じて伝達することで、人の健康と環境の保護を高めることにあります。同時に、各国制度の調和を進めることは国際貿易の円滑化にもつながります。

THREE ELEMENTS

GHSを理解する三つの要素――分類、ラベル、SDS

GHSを理解するうえで、まず押さえておきたいのが次の三つの要素です。

01
危険有害性の分類
02
ラベル
03
SDS

この三つは別々の制度ではありません。最初に化学品がどのような危険有害性を持っているのかを評価し、その分類結果をもとに、ラベルやSDSによって情報を伝えるという一連の仕組みになっています。

まず「危険有害性」を分類する

例えば、化学品には引火性、急性毒性、皮膚腐食性、発がん性、水生環境有害性など、さまざまな性質があります。

GHSでは、こうした危険有害性を「危険有害性クラス」に分け、さらにその程度を区分します。

ここで注意したいのは、GHSが基本的に扱うのはHazard、つまり物質そのものが持つ危険有害性だという点です。

実際に事故や健康影響がどの程度発生するかというRisk(リスク)は、ばく露量や使用方法、作業環境、管理措置などによって変わります。「危険有害性がある」と「実際の使用で高いリスクがある」は同じ意味ではありません。この区別は、その後の化学物質管理を理解するうえでも重要です。

分類結果を「ラベル」で瞬時に伝える

分類された危険有害性のうち、使用者が製品を扱う際にすぐ把握すべき情報を伝えるのがラベルです。

代表的なのが、赤いひし形の枠で表示されるGHSの絵表示です。

しかし、GHSラベルは絵表示だけではありません。注意喚起語、危険有害性情報、注意書きなどを組み合わせて、化学品の危険性と安全な取扱方法を伝えます。つまり絵表示は、GHSという大きな情報伝達システムの一部分にすぎません。

詳細情報を伝えるのがSDS

ラベルだけですべての情報を伝えることはできません。そこで使用されるのがSDSです。

SDSには、化学品や提供者の情報、危険有害性、組成、応急措置、火災時の措置、取扱い・保管方法、ばく露防止、物理化学的性質、安定性・反応性など、化学品を安全に扱うための詳細情報が体系的に記載されます。

THE BASIC FLOW
分類する → ラベルで重要事項を伝える → SDSで詳細情報を伝える
THE GAP

「世界調和」なのに、なぜ国によって違うのか

ここからが、GHSを理解するうえで最も重要な部分です。

GHSという名称には「Globally Harmonized=世界的に調和された」という言葉が入っています。それなら、世界中で完全に同じ制度になっていると思うかもしれません。

実際にはそうではありません。

KEYWORD
Building Block Approach
GHSの危険有害性クラスや区分などを「積み木」のように捉え、各国・地域の所管当局が制度上必要な要素を選択して採用できる考え方です。

GHSに定められた危険有害性クラスや区分などを一種の「積み木」と考え、それぞれの国・地域の所管当局が、対象分野や制度上の必要性に応じて採用する要素を決めることができます。

ただし、採用した危険有害性については、GHSに沿った分類基準や情報伝達を行うことが基本となります。

IMPORTANT
「GHSを採用している国同士だから、要求事項も全部同じ」とは限りません。

さらに、もう一つ差が生じる理由があります。GHS自体が改訂され続けているからです。

国連GHSの初版は2003年に発行され、その後は原則として2年ごとに改訂されてきました。2025年には第11改訂版(Rev.11)が公表されています。

しかし、国連が新しい改訂版を公表した瞬間に、世界各国の法律が一斉に同じ内容へ更新されるわけではありません。各国・地域には、それぞれ法令改正、技術基準の変更、移行期間などがあります。ここに「世界共通の仕組み」と「各国規制」との時間差が生まれます。

GLOBAL IMPLEMENTATION

EU、米国、日本――同じGHSでも制度は同じではない

具体例を見ると、この構造がよく分かります。

EU:CLP規則

EUでは、化学品の分類、表示、包装を定めるCLP規則(Classification, Labelling and Packaging Regulation)がGHSを基礎として構築されています。

ECHA(欧州化学品庁)のガイダンスでも、CLPは国連GHSを基礎としてEU法へ導入された制度であることが説明されています。EUの化学物質規制全体については、REACH規則が化学物質管理をどう変えたのかもあわせて読むと、GHSとの位置関係が理解しやすくなります。

米国:Hazard Communication Standard

米国では、OSHA(労働安全衛生庁)のHazard Communication Standard、通称HCSが職場における化学品の危険有害性情報伝達を定めています。

OSHAは2024年にHCSを改正し、主として国連GHS第7改訂版へ整合させました。ここで注目すべきなのは、国連ではすでにさらに新しい改訂が進んでいる一方、米国制度では「どの改訂版を法制度へ取り込むか」が別途決められていることです。

日本:安衛法・化管法・JIS

日本では、GHSに基づく化学品の分類方法としてJIS Z 7252、危険有害性情報の伝達方法としてJIS Z 7253が整備され、労働安全衛生法や化管法などの制度と関係しています。

厚生労働省は、安衛法における表示・通知対象物について、GHSに基づくJIS Z 7252、JIS Z 7253に準拠して作成されたラベルやSDSであれば、法令上の規定を満たすものとして扱われることを説明しています。

このように、EU、米国、日本はいずれもGHSと深く結び付いています。しかし、その法的根拠、対象範囲、採用している内容、改訂時期は同一ではありません。

PRACTICAL ISSUE

「GHS対応SDS」が世界中でそのまま使えるとは限らない

この違いは、輸出実務で特に重要になります。

例えば日本企業が国内向けに作成したSDSを持っていたとします。

それがGHSに基づいて作られているからといって、そのままEU、米国、中国、韓国などへ提出できるとは限りません。

確認すべきポイント
✓ どの国・地域へ供給するのか
✓ その国がどの制度を採用しているのか
✓ どのGHS改訂版や分類基準が制度へ反映されているのか
✓ SDSに必要な言語・様式・記載事項は何か
✓ 当該化学品に固有の法規制情報があるか
✓ 混合物の場合、各成分をどの基準で評価したのか

これは、単なる「SDSの翻訳」の問題ではありません。

日本語のSDSを英語に変換すれば海外向けSDSになる、とは限らないのです。翻訳の前に、その市場の規制体系に照らして分類と記載内容そのものを確認する必要があります。

DATA RELIABILITY

同じ物質なのにGHS分類が違うこともある

さらに実務を複雑にするのが、同じ物質であってもSDSに記載されるGHS分類が一致しないことがある点です。

厚生労働省も、GHS分類を行う際に根拠とした文献や試験結果などが異なれば、同一物質であっても分類結果が異なる場合があると説明しています。

また、日本のモデルSDSに掲載された分類結果をそのまま採用することが義務付けられているわけではなく、SDSに記載する分類については事業者が根拠となる情報を踏まえて判断することになります。

CHECK THE BASIS
「GHS分類が書いてあるから正しい」ではなく、
「その分類は何を根拠としているのか」を確認する。

企業の品質保証や化学物質管理において、SDSは単なる書類ではありません。

その背後には、物性データ、毒性データ、試験結果、文献、法規情報、成分情報などが存在しています。情報の信頼性を評価するという意味では、ここにもTesting、Inspection、Certificationに通じる考え方があります。

EVOLUTION

GHSそのものも進化している

GHSは完成して固定された制度ではありません。

2025年に公表された第11改訂版では、エアゾールや加圧化学品の分類基準に関する明確化、非動物試験法を利用した皮膚感作性分類の新しいガイダンス、地球温暖化に寄与する物質・混合物に関する分類など、新たな内容が追加・整理されています。

「国連GHSに追加された」ことと、「今日から各国企業に法的義務が生じた」ことは別です。

国連GHSの改訂内容が、その後各国・地域の法令や技術基準へどのように取り込まれるのかを見る必要があります。

GHSを追うということは、国連の最新版を見るだけでは不十分です。国連GHSと、自社が事業を行う市場の国内制度という二つの時間軸を追う必要があります。

TICNOLOGY JAPAN VIEW

GHSは「化学物質情報の共通言語」である

GHSをラベルの絵表示だけで理解すると、本質を見失います。

GHSが作ろうとしているものは、化学物質の危険有害性について世界で共有できる「共通言語」です。

その共通言語を使いながら、EUはCLP、日本は労働安全衛生法など、米国はHCSといった形で、それぞれの法制度を構築しています。

したがって企業実務で重要なのは、「GHSに対応しているか」という一つのチェックボックスではありません。

どの市場で、どの制度が適用され、どの分類基準を使い、どの情報を根拠として、どのSDS・ラベルを作るのか。

ここまで管理して初めて、実際の化学物質コンプライアンスにつながります。

特に複数国へ製品を供給する企業では、製品ごとにSDSファイルを保存するだけでは、制度改正への対応が難しくなります。

より重要なのは、成分情報、試験データ、分類根拠、SDS、対象国、適用法令、改訂履歴をどのようにつなげて管理するかです。

GHSはその意味で、単なる安全表示制度ではありません。グローバルな製造業が化学物質情報を管理するための、基礎的な情報インフラとして見ることができます。

SUMMARY

まとめ――世界の化学物質規制はGHSから読むと見えやすくなる

REACH、CLP、労働安全衛生法、HCS。

国や地域によって制度名は異なりますが、その背後には共通する考え方があります。その一つがGHSです。

ただし、GHSは世界を一つの法律で統一した制度ではありません。

危険有害性を分類し、その情報をラベルとSDSによって伝える共通の基盤を作り、各国・地域がそれぞれの制度へ取り込んでいます。

この構造を理解すると、「なぜ同じ化学品なのに国によってSDSが違うのか」「なぜGHS対応済みでも輸出先ごとの確認が必要なのか」「REACHやCLP、日本の化学物質規制はどこでつながっているのか」が見え始めます。

世界の化学物質規制を理解する入口として、まず押さえるべきなのは個々の規制物質名ではありません。

危険有害性をどのように分類し、その情報を誰へ、どのように伝えるのか。GHSは、そのための世界共通の文法です。

ADVISORY

海外向けSDS・化学物質規制対応を整理する

海外向けSDSや化学物質規制への対応では、翻訳だけでなく、対象国の制度、分類根拠、成分情報、必要な試験・分析情報を整理する必要があります。TICnology Japanでは、国内外の試験・分析機関とのネットワークを含め、化学物質規制対応に必要な情報・試験体制の整理を支援しています。

本記事について

本記事は、2026年8月25日時点で確認できる国連欧州経済委員会(UNECE)、厚生労働省、経済産業省、米国労働安全衛生庁(OSHA)、欧州化学品庁(ECHA)等の公開資料をもとに、TICnology Japanが独自に整理・分析したものです。

GHSの改訂内容が各国・地域の法制度へ反映される時期や範囲は異なります。実際の製品・化学品に適用される要求事項については、対象国・地域の最新法令および所管機関の公式情報を確認する必要があります。

本記事にはTICnology Japanによる分析・考察が含まれており、特定の企業、製品、サービスまたは取引を推奨するものではありません。

情報基準日:2026年8月25日

主な参考資料

・United Nations Economic Commission for Europe, Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals (GHS), Eleventh revised edition

・United Nations Economic Commission for Europe, About the GHS

・United Nations Economic Commission for Europe, GHS – Purpose / Building Block Approach

・厚生労働省「化学物質対策に関するQ&A(ラベル・SDS関係)」

・経済産業省「化管法に基づくGHS分類とSDS及びラベルの作成」

・Occupational Safety and Health Administration, Hazard Communication Standard; Final Rule

・European Chemicals Agency, Guidance on the Application of the CLP Criteria

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